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労務管理情報(4)


猪(い)〜年(とし)社労士@小野寺(おやじ)の労務管理情報
第4回 番外編 南イタリア旅行写真紀行


  • 4月上旬に南イタリア旅行に行ってきました。今回は、(閑話休題)として、代表的な観光地を写真で紹介します。

アマルフィ海岸  

  • 世界一美しい海岸と称えられ、高級バカンス地としてにぎわっています。アマルフィ海岸 
  • 中心都市アマルフィ(Amalfi)は、中世に海洋共和国として繁栄した街で、市街には東方文化の影響を受けた歴史的建造物が点在し、迷路のような路地が多い。

ポジターノ

  • ポジターノは、アマルフィ海岸を代表する人気のリゾート地。
    人口は3600人ほどの小さな街で、断崖の斜面に寄り添うように立つ家々が印象的であり、建物を縫うように石段や坂道が続いている。

世界遺産カステルデルモンテ城  

デルモンテ城

  • アマルフィから約5時間バスに揺られた先にある丘の上に立つ城。
    均衡のとれた八角形の構造をしているデルモンテ城は、イタリア南部のプッリャ州アンドリアの郊外にある中世の城。
    神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ2世により13世紀に建築され、1996年登録の世界遺産です。
    1ユーロセントの裏面にも刻まれている。

世界遺産マテーラ観光  

洞窟住宅マテーラ

  • 旧石器時代から続く洞窟住宅が広がっている。
    8世紀頃から修道僧や、キリスト教弾圧から逃れるために住み着いたと言われる洞窟住宅群。
    過酷な生活環境から廃墟と化していたが、次第に歴史的価値が見直され世界遺産に登録された。
    現在は、新市街に移り住んでおり、この洞窟住宅には別荘代わりや観光用に約3000人が住んでいるという。

世界遺産アルベロベッロ(Alberobello)  

アルベロベッロの歴史  

  • とんがり屋根が連なるメルヘンな街として有名なアルベロベッロは、16〜18世紀にかけてナポリ王国の支配下にあり、当時は、家の数や大きさに応じて税金が決められていた。
    アルベロベッロの領主、ジャンジローラモ2世は、ナポリ王国へ支払う税金を少なくするために、家の数を少なく見せようとした。
    そのため、役人が来たらすぐに壊せるような家を建てる必要があり、トゥルッリ(灰色の円錐形の屋根をもつ建物)が考案された。
    幾度と崩す苦難に遭いながらも、現在にその面影を残している。
    トゥルッリの住宅街
  • アルベロベッロという街の名前はイタリア語で「素晴らしい木」という意味。イタリア随一の食材の宝庫としても知られ、中でもオリーブやワインは有名。岐阜県白川村とは姉妹都市となっている。
  • とんがり屋根の先端はピナクルと呼ばれる小尖塔で、屋根のてっぺんを塞ぐ役割を果たしている。古代宗教の太陽神崇拝と関係があるとされ、いわゆる「魔除け」の意味もあるという。

ポンペイ遺跡(1700年の眠りから蘇った奇跡の街)  

  • 紀元79年のヴェスヴィオ山の噴火により町全体が灰の下に埋まったポンペイ。
    ヴェスヴィオ山の南麓、ナポリ湾に注ぐサレルノ川河口付近に形成された古代都市ポンペイ。農業と交易で繁栄を謳歌したローマの地方都市は、79年の大噴火によりたった2日で灰に埋もれてしまった。
  • 時は流れ、ナポリ国王の命による本格的な発掘が始まったのは、1700年の時を経た1748年ころであった。
    土中からはフレスコ画やモザイクで飾られた住宅をはじめ、劇場や浴場などの公共施設が出現し、高度な文明都市の姿が明らかになった。
    貴重な考古学遺産として1997年に世界遺産に指定され、現在も保護と調査が続けられている。
    ポンペイ遺跡
  • フォーロと呼ばれる公共広場であり、正確に南北を向いた長方形の広場(38×142メートル)であった。写真奥に列柱があり、その北側にはかつてジュピター神殿であったカピトリウムがそびえている。
    左の像は、人顔体獣の守護神である。

ジュピター神殿

  • フォーロの北側にあり、古代のジュピター神殿又はカピトリウムで占められており、この町の宗教建築物として最大のものであった。
    2つの階段があり、高いポディウムの上に建てられているイタリア式神殿として重要であり、カピトリウムの三神(ジュピター・ユノ・ミネルヴァ)の神殿となったとされている。

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